吉隠
雪に寄する(十二首のうちの一首)
吉隠の 野木に降り覆ふ 白雪の いちしろくしも 恋ひむ我かも
(十・2339)
吉隠の野の木をおおって降る白雪のように、人目に立つまで恋してしまう私かなあ。
黄葉を詠む(四十一首のうちの二首)
我がやどの 浅茅色付く 吉隠の 夏身の上に しぐれ降るらし
(十・2207)
わが家の浅茅が色づいている。吉隠の夏身あたりには時雨が降っているだろう。
我が門の 浅茅色付く 吉隠の 浪柴の野の 黄葉散るらし
(十・2190)
わが家の浅い茅萱が色づいている。吉隠の浪柴の野の黄葉は、もう散っているだろうな。
但馬皇女の薨じて後に穂積皇子、冬の日雪の降るに、御墓を遙かに望み、悲傷流涕して作らす御歌一首
降る雪は あはにな降りそ 吉隠の 猪養の岡の 寒からまくに
(二・203)
降る雪はそんなに降ってくれるな吉隠の猪養の岡が寒いだろうから。
大伴坂上郎女、跡見の田庄にして作る歌(二首のうち一首)
吉隠の 猪養の山に 伏す鹿の つま呼ぶ声を 聞くがともしさ
(八・1561)
吉隠の猪養の山に伏している鹿が妻を呼ぶ声を聞くのはななんと羨しいことか。
桜井市吉隠。 初瀬の峡谷の東に当たる。宇陀郡との境界に位置する。古くは宇陀の一部と意識されていた。
桜井市吉隠の地のある。但馬皇女の墓所のあった猪養の岡もか。ただし、猪養が吉隠のどこであるかは不明。