廣瀬社 続々
前回は 廣瀬の地が大和盆地の治水の要である事実は確かではあると思う。そのことにあわせて、天武天皇がこの地を重視しなければならなかったもう一...
山辺の道のほとりから
前回は 廣瀬の地が大和盆地の治水の要である事実は確かではあると思う。そのことにあわせて、天武天皇がこの地を重視しなければならなかったもう一...
どうも天武天皇はこの地域を少々気にしているようではある。その理由はどこにあるのか…私のようなものが考えたところでろくな考えが浮かぶはずもない...
この前の週末の昼下がり、馬見丘陵の東で葛城川・高田川を合わせた曽我川が大和川にそそぐ当たり…かつて広瀬野と呼ばれた地にいた。正確な地名は奈良...
勉強しなければならぬ…と深く心に刻まれはしたものの、万葉集がどのような書物であるかと言った知識すら私はろくすっぽ持ち合わせていなかった。それ...
前述のような事情で私は1979年に大和に出てきた。入学後のあれこれの面倒くさいことは済み、4月の半ばの頃には大学の学びが始まった。1年生で必...