万葉集の学び始め 1

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東北の海辺の町で生まれた私がなぜ今大和の地で暮らしているのか、そんなことについてかなり以前に書いたことがあったなと思いだして三友亭倉庫の方を探してみたがどうにも見つからない。確か一度書いたような気がするのだが、どうにも見つからない。

なので…

もともと、親戚がいた関係で子供のころから大和にはしばしば遊びに来ていた。だからなのだろうが、いつのころからか大和の地に対して国内のほかの地域とは違う感情を抱き始めていた。そして私の大和への憧憬を決定づけたのは中央公論社の『日本の歴史』。おそらく時代物の小説が好きだった父が購入したものだったのだろうが、この『日本の歴史』の第1巻と第2巻だけが書棚の上の方に置いてあった。

高学年には入っていたとはいえ、小学生には少々難物過ぎる書物ではあったが、なんとか最後の最後までページを繰り終えた。さっぱり中身が理解できなかったから、もう一度ページを繰った。そしてもう一度…。

ヤマタノオロチとかヤマタイコクとか騎馬民族とかヤマトタケルノミコトなんて言葉が次第に私の頭の中に入っていった。そして中学校に入ったころ小学館が『日本の歴史』を発刊し始めた。親にせがんで、やはり第2巻まで買ってもらった。

大和への憧れはますます強くなる。その歴史を学びたいという思いが次第に募ってくる。

ここまで来れば、私が大和に暮らし始めた理由は明らかである。

古墳時代から奈良時代にかけてが私の興味の中心であったが、それを学びたければ大和で学べばいい…。単純に私はそう思ったのだ。

そして選んだのはT大学。N大学も捨てがたいとは思ったのだがちょいとした事情があったためT大学にした。ちょいとした事情って…?なあに、T大学の学費が圧倒的に安かったからである

ただ、T大学を受験するにあたって少々躊躇することがあった。

私が学びたいのは古墳時代から奈良時代にかけての歴史。しかしT大学の文学部にあるのは宗教学科と国文学国語学科。史学科はなかった。けれども、そこは物事を深くは考えぬ私のこと、なあに文学も史学も大した違いはないさ。奈良時代の文学を学べばいいのだとばかりに、国文学国語学科を受験してしまった。

今思えば、この決断が今の自分を規定してしまっているのだから、私の人生にとってかなり重要な決断だったはずなのだが…

てなことで私の学びが始まった。その具体的な様子は長くなりそうなので次回以降ということにする…

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コメント

  1. 玉村の源さん より:

     私も御同様です。
     あの『日本の歴史』の第1巻は良かったですよね。私は中学生か高校生でしたので、何とか内容を理解できました(と思います)。
     中身も良かったし、たぶん、井上光貞氏の文章もうまかったのだと思います。
     私も大きな影響を受けました。
     元々歴史が好きだったのですが、関心があったのは、源平時代、戦国時代、幕末などでした。古代史に関心を持ったのはあの本の影響だったように思います。
     史学科に行って古代史を学びたいと思うようになりましたが、奈良に行こうという風には全く思いませんでした。そのあたりが三友亭主人さんとは全く違います。人それぞれ考え方が違うので、そこでそれぞれに歩く道が違ってくるのですね。みんな違ってみんないい。
     ところが、入試の点数が足りずに、第2志望の国文学科に入学することになり、今に至ります。(^_^) 史学科に入学していたら、また別の人生を歩んだことになりましょう。
     囲碁・将棋ではありませんが、それも一局、これも一局という思いです。

  2. 三友亭主人 より:

    源さんへ

    >井上光貞氏の文章もうまかったのだと思います
    私の場合、そんなことも分かるような力量はなかったですからねえ…なにせ小学校の高学年ですから。多分わかってなかったんでしょうが、分かったつもりになっていたんでしょうね。
    私もいろんな時代に興味を感じてはいましたが、やはり大和に親戚がいて、何度も大和の風土に出会うことができたってのは大きかったですね。

    >史学科に入学していたら、また別の人生を歩んだことに…
    人生本当に「塞翁が…」ですねえ。私も希望通りに史学の方に進んでいたら…今の仕事はあり得なかったでしょうねえ。
    人生も…だいぶ変わっていたはずです。