只野乙山さんのがブログでオイルサーディンのことを書いていらっしゃったのを読んで、ふと思い出したことがある。
それはもう40年も前のことである。今は奈良で働いている私だが、大学を出て2年ほど大阪で働いていたことがあった。安月給ではあったが、その収入に応じた安酒場を探し、仕事帰りには一杯ひっかけて…ってことも覚えた頃のこと。
当時私が住んでいたのは大和高田という街に住んでいて、職場があったのは大阪の北部。大和高田から大阪に出てゆくには近鉄大阪線と南大阪線があり、ほかにJR当時はまだ国鉄だったかな?もあったが、これは少々不便で使うことは稀だった。
よく使っていたのは大阪線。大和高田駅から鶴橋、そこで近鉄奈良線に乗り換えてふた駅。日本橋で地下鉄堺筋線阪急千里線に乗り換えて北へと向かう。しかしながら、大和高田の駅は当時私が住んでいた場所から結構距離があった。歩けば40分以上で往復80分。朝の起き抜けや、仕事帰りに毎日歩くにはちょいときつい。バスの路線もあったが、うまいこと時間が合わない。しかも、バスは少々お値段が張る。契約上、交通費には上限がありバスの定期代までは出してもらえそうもない。
てなことで、住まいから駅までは自転車で通っていたのだが、大阪に通い始めてから半年ぐらい経った頃のこと、駅においていた自転車が盗まれてしまった。何しろ安月給でやりくりしていた頃であったので、自転車が取られたからと言ってすぐに新しいものを買うお金なんてない。毎日帰りしなに一杯やるお金はあったのだが、このお金で自転車を買ってしまっては、予算の目的外の使用となってしまう。これは、「財政法」第三十二条 に「歳出予算及び継続費については、各項に定める目的の外にこれを使用することができない。」とあるように、厳に慎むべきことである。
そんなわけで、自転車は次にまとまったお金が手に入るときまで我慢して、当面の間は使用する路線を南大阪線に変えることにした。駅は大和高田市駅。ここだと我が住み家から10分ちょいで行ける。
それならばなぜ初めからこの駅を使わずに、わざわざとおくの大和高田駅までゆくのか…となるのだが、職場がある大阪の北部にゆくには、南大阪線はちょいと遠回りになるのだ。10分から15分ほどの違いではあるが、これに加えて南大阪線周りの経路は利用の料金が少々高く、そもそもの時間当たりの本数も少ないという事情もあった。しかしながら頼りにしていた自転車がなくなってしまったのだから背に腹は代えられない。新たに自転車を購入するまでのしばらくの間は南大阪線を利用することにした。
となると…
それまで私は職場からの帰りには、地下鉄から近鉄に乗り換えて一駅の上本町駅で降り、駅の隣にあった「ハイハイタウン」という施設の地下にあった「養老の滝」で生ジョッキを一杯、清酒1合、そして焼き鳥の盛り合わせレバーと皮、ドテ焼き全部で1500円もしなかったように記憶しているを胃の中におさめて帰るのが常であった。
けれども、南大阪線を利用するとなると上本町へは行けなくなる。むろん、無理をすれば上本町を経由する道筋もあったのだが、毎日の通勤に無理はできない。ならば私のするべきことは、新たな通勤路上で帰り道の憩いの場を見つけることであった。
それはすぐに見つかった。
南大阪線の始発駅は大阪阿部野橋駅であるが、その向かいにある阿倍野アポロというビルだったかその隣のビルだったかの地下の飲食街の一隅にささやかなカウンターバーがあったのだ。細長く狭い店舗の敷地に、縦にカウンターが伸びて、座席は七つ、八つほど。ぎりぎり最低限の装飾に、カウンターの側を向いたテレビが一台。そしてカウンターの向こうには不愛想なおじさんが一人。彼がマスターだ。
お酒はそんなに多くの種類は置いていない。ビールと本の数種のウイスキー、そして燗酒である。私はいつもウイスキーをロックでいただいていた。銘柄は一番安かったブラックニッカ。一杯300円ひょっとしたら250円ぐらいだったかなと思う。これを2杯とおつまみを一つ頼むのが決まり事だった。そしておつまみは…いつも、オイルサーディンであった。私にはそれまでオイルサーディンなんて言うものはまことに高級な食べ物であって私のようなものの口に入るようなものではないと思っていたのだが、お品書きにあった価格は500円を超えていなかったと思う。無理やり記憶を絞れば350円…これはさすがに違っているかなと思う…。
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私がオイルサーディンというと例の不愛想なおじさんは、「あいよ」と不愛想に返事をし、オイルサーディンの缶詰のふたを開ける。そしてそれをそのままオーブントースターに放り込んで2~3分。チ~ンとなったら取り出して、それにあらかじめ刻んでおいた葱をのせ、一味唐辛子を一振りしてから、缶ごと小皿に乗せて不愛想親父は私の前に運ぶ。まだオイルがぐつぐつ言っているところへ添えられたしょうゆをちょいと垂らすこの「ちょいと」というのが大切。
そしてオイルにまみれた熱いそれを葱ごとつまようじにさして口の中に入れる。イワシ自体の味の具合ももちろんだが、十分にイワシの味を吸収したオイルの味、そしてその脂っこさを洗い流す葱のさわやかな風味、そして…冷いブラックニッカを一口。
至福の一瞬であった。
缶詰の中身が半分になったころ、ブラックニッカをもう一杯注文する。そして…1000円あちらこちらのお金をカウンターの上において店を後にする。
そんな毎日が本当の意味において毎日ではないが新しい自転車を購入するまで続いたのである。