先週のこと、久々に10月10日にあった「体育の日」今日「スポーツの日」と呼ぶようになったのだそうだが、私はそんなのは認めない。昼食を済ませたあと、車を奈良に向けて走らせた。行く先は東大寺である。目的は東大寺で販売しているお線香…「華厳」…を購入するためである。我が家ではご先祖様の前で焚くお線香に、この東大寺の「華厳」を贔屓にしている。まあ、いつも、この銘柄を使っているというわけではないが、けっこうな比率でご先祖様にはこのお線香を楽しんでいただいている。
さて、奈良に到着。私のご愛顧にしているのは般若坂に向かう途中の公営の駐車場。奈良市内の駐車場の料金は休日には倍額になるところが多い。けれども、そこは休日であっても料金は平日と同じ。しかも安価である。さすが公営である。
駐車場から出て道なりに南に下ると、程なく道の向こう側に転害門が見える。転害門は平安末期の平氏・戦国末期の松永弾正の焼き討ちを乗り越えた建物で、その後、修繕などで後世の人々の手は入っているものの、現在において天平時代の東大寺の伽藍建築を想像できる唯一の建造物である。
道を渡り、転害門の横を抜け東に向かう。最近の児童数の減少で他校との合併が囁かれている奈良市立鼓阪小学校が見える。古風な、まことに優雅な佇まいの建物である。これを廃校してしまうのは…時代の流れとはいえ、やや、もったいないような気がする。
道はやがて正倉院を取り囲む木立につき当たる。ここを渡ればやがて大仏池。
写真は以前に取った、11月頃の写真である。紅葉の名所でもあるこの池は季節になると書くも見事な色彩を呈す。そして、その向こうに消える巨大な建築物はもちろん大仏さんのいらっしゃる大仏殿である。しかしながら、本日の目的はお線香を買うこと。今日は大仏さんにお会いすることは予定には入っていない。
大仏様には中門からご挨拶だけして、南大門横の東大寺ミュージアムに急ぐことにする。
これだけ広大な敷地を持つ東大寺であるから、拝観料は各伽藍ごとにお納めしないようになっており、いくつもの仏様にお会いしていると我が乏しき懐中は枯渇してしまう恐れがある。よって、東大寺にゆくときはどこか一つの伽藍のみと決めているなあに、奈良に住んでいるんだからいつでも東大寺ぐらい行ける…という安心感がそこにある。
さて、東大寺ミュージアムである。
さて、現在このミュージアムの見どころは…今日の表題で掲げた戒壇院の四天王である。
戒壇院は僧鑑真和上が我が国においでくださった際に天平勝宝6年(754)聖武太上天皇や孝謙天皇が受戒された大仏殿前の土壇をこの地に遷して戒壇堂を築いたのは始まりで、ご承知の通りの兵火により全焼、更には鎌倉時代復興のの戒壇院も文安3年(1446)に炎上。現在の戒壇院は江戸時代に再建された千手堂・戒壇堂・庫裏のみである。
四天王は普段はここの戒壇堂いらっしゃるのだが、現在は戒壇堂改修中なので、こちらのミュージアムに仮住まいをなさっている。普段ならば戒壇堂内陣の奥、薄暗い中にいらっしゃる四天王しか拝見できないのだが、ここならば真近に、適切な照明の中じっくりと拝見できる。またのない機会である。
そして、その展示の向こうが、ミュージアムショップ。お目当ての「華厳」を購入して駐車場に戻った。
そうそう、忘れていた。先にも述べたように南大門に隣接する。そこまで来てこの方々にご挨拶しないわけには行かない。