「烏の塒屋山」…「からすのとややま」と訓むのだそうだ。「烏」の「からす」はいいとして、問題は「塒」。辞書を引けば普通に出てくる文字ではあるが、普段はなかなかお目にかかれない文字ではなかろうか。恥ずかしながら、私はこの度はじめてお目にかかった。なんでも、「鳥の寝るところ→とや」、「ねぐら」を意味する文字だそうだ。
烏の塒屋山は宇陀の、吉野との境界に近いところ、日本300名山にも数えられる竜門岳の東に聳える山である。標高は659m、その円錐状の山容から宇陀富士と呼ばれているという。あとでもちょいと触れるが、円錐状というのは確かに円錐状なのだが、「富士」というにはちょいととんがりすぎているんじゃあないかな…というのが私の感想である。
ところで、この度この山の名にはじめてお目にかかったという方がほとんどであると思うのだが 、そんな山に私がなぜ出会ったのか?
それは先月のこと、私はちょいとした用事があって妻を助手席に乗せ、宇陀市内を南に向かって車を走らせていた。昔の町名でいえば榛原町から大宇陀町に向かって走っていた。榛原の町を出て大宇陀町に少し入ったところで、妻が急に「あの山、何?」といった。
進行方向の一番奥に、吉野の山並みが、まさに「たたなづく 青垣」よろしく層々と鎮座している。その少し手前に、吉野と宇陀との境界をなすような山並みが見える。その山並みが一部途切れていて、そこから吉野に抜ける道が伸びる。西側からその切れ目に向けて山並みが次第に高度を下げてきたその東の端に、急にとんがった山があるのだ。ちょいと比喩が適切かどうか判断しかねるが…上賀茂神社の「立て砂」を思わせるような…そんな山容である。
走っている道は、職場にも近く普段よく走っている道だ。走りながら、吉野の山並みに見とれていることもしばしばあるのだが、その手前にこんな山があることを認識したのは初めてである。
ともあれ、それまでの気づくことなく過ごしていた時には気にすることもなく過ごしていても、いったん気が付いてしまうと気になってしかたがない…というのが人の性というもの。家に帰るなりネット上の地図を見る。位置的にこれで間違いなかろうという場所を探し、そこに示されたその山の名から画像検索をかけてみる。間違いない、あの山である。
かくして「烏の塒屋山」が私の知るところの山となった。
ところで…そんな作業を続けて行くうちに、その山の名について、ちょいと面白いいわれが目に入った。そもそも、「からすのねぐら」とはいかにもいわれのありそうな名ではあるが、ここでの烏は、烏は烏でもただの烏ではない。古事記や日本書紀にも登場する伝説上のあの…そう八咫烏のことである。東征の際に熊野に上陸した神武天皇の道先案内を務めたという、あの有名な烏である。その八咫烏がねぐらとしていたのがこの山だというのだ。「烏の塒屋山」というそ山の名はこの八咫烏に由来する。
…ところで、ここまで考えてきて、ちょいと「あれ?」と思うことがあった。今回述べたことと直接かかわることもあるし、そうでないものもある。次回までにその「あれ?」についてお話しする準備ができたならいいなと思う。
※ 本当ならば今回の記事には「烏の塒屋山」の写真が欠かせないのではないかと思うが、あいにく手元にその写真がない。ネット上にも、フリーで使えるようなものはなく、残念ながら今回は文字のみのご案内ということになった。
コメント
車を走らせながら撮影できませんものね。
安全第一。
続編、お待ちしています。
源さんへ
「続編」は…だいぶ荒唐無稽なものになりそうです(^-^;
まあ、お笑い種としていただければ…
烏の塒屋山は、周囲の山より格別に高いというわけではありませんが、結構印象的な形をした山です。その形がねえ…