先日、出張で大和高田という町に行った。この町は私が大学に入ってから結婚するまでのほぼ10年暮らした町である。今は時々出張でやってくるぐらいである。そしてその出張先は、ほとんど決まっており、したがってその駐車場も定まっている。
ところが、昨日は到着が早すぎて駐車場がまだ空いていない。その辺を一周してくれば開くだろうと思ってぐるりと一周。まだ開かない。駐車場入り口を閉ざすチエーンにかかっている札を見ると、この駐車場が開くまでにあと30分もある。いつもここに来るときは昼からというのが多かったので、朝何時に駐車場が開くまでは知らなかった。迂闊といえば迂闊であるが、30分も近辺を車でぐるぐるするわけにいかない。しかも駅にほど近い場所であるから、路上で車を止めたまま過ごすこともできない。
そうだ…私はいいことに気づいた。その駐車場の50mほど先、「天神社」には参拝者用の駐車場があったはずだ。そこで30分過ごさせてもらおう…
道路に面した赤い鳥居を抜けてすぐ車を止める場所がある。もうすでに3台ほどが止まっていたが境内には人影はない。
参拝者用の駐車場であれば、当然、その利用者は参拝せねばならぬ。私は車を降りて本殿へと向かう。途中こんなものが…
神馬の代わりらしい。なかなか立派なものであった。周囲をぐるりと回って、ちょいと楽しませてもらっていたが、いやいや、本殿をちゃんとお参りするのが本来の…ということで本殿前。
まことに巨大な狛犬さんで、今まで見た中では最大級といっていい大きさで、私の背丈をはるかに越えていた。心の中でこの2頭に「お参りさせてもらうよ」と挨拶してから神前に立つ。願い事は今やこれしかないだろうということ。皆さんのお思いになることと同じである。
現在世界中に蔓延したこの災厄をはらいたまへ…
本殿の右手に社務所が見えた。私にはふと思い出すことがあった…
それはもう40年ほど前のことである。学生だった私はある秋の日に大学の廊下の掲示板に張り出してあるアルバイトの募集の情報を求めていた。
×月〇日13:00~17:00 5000円 昼食付
という破格の好待遇が目に入った。そしてその下にあったのが
天神社 秋季祭礼 行列要員
歩いているだけで上のような好条件。これは行かない手はないとすぐさま応募した。
そして当日、定められた時間に私はこの社務所についた。早速、上げていただいて、昼食である。そして…たぶんこの神社の氏子さんの代表の方々なのだろう…何人かのおじさんたちが、「君の持ち物はこれ、この服を着てね」、「君と君は獅子舞をしてもらうから、上は暑いから薄着にしてね、下はこのズボンをはいて」と今日の役割決めを行っていた。そして私の前に…「君は大きいから、そうだね、天狗さんにうってつけだ」ということで、目の前に天狗さんの衣装と団扇、お面と被り物を置いてゆく。「あとで着替えは手伝うからね」と言って向こうに行ってしまった。
食事が終わり、私は天狗になった。一行は歩きはじめる。30分ほど歩いては休息。そのたびごとに握り飯や漬物、茶わんになみなみと注がれた清酒が回ってくる。「天狗さんはもっと飲まなきゃ」とおじさんたちの無責任なお言葉。私は日頃めったに飲めぬ銘酒をしたたかに味わうことができた。
そして行列は終了、私は天狗さんから人間に戻り、封筒に入ったアルバイト代を受け取りに行った。「これも持って帰って」と結構豪勢な折り詰めと二合瓶、これはまたラッキーなバイトだったの思っていると、「君は来年も天狗さんをしてくれないか」ありがたいお言葉。翌年も私が天狗さんに変身したことは言うまでもない。
なんてことを思い出しながら振り返るとそこにはかくも巨大な石灯篭。
あとは車に戻るまでの道すがら、参道に散らばる末社をゆっくりとお参りすれば、時間的にはちょうどよい。そしてそのうちの一つ…見ると「天満社」とある。「天満社」といえば、祀られているのは菅原道真公…天神様だ。あれ…ここは天神社、天神様をお祭りしている神社なのにその中にもう一つ天神様をお祀りする社があるなんて、と疑問を感じた。
そして家に帰って早速調べてみる。
天神社は古来より天神宮と称されていました。やがて明治以後、天神社になりました。
天神宮縁起書によれば第十代崇神天皇の御代の御鎮座である。現存する御本殿の最も古い練札は貞応元年(1222年)のものである。
御本社は高皇産霊神(たかみむすびのかみ)・神皇産霊神(かみむすびのかみ)・津速産霊神(つはやむすびのかみ)をおまつりしている。
この神々は「古事記」や「日本書紀」に造化の神として記されている。
又、本居宣長著「玉鉾百首(たまほこひゃくしゅ)」にも「神の道は高皇産霊神・神皇産霊神・津速産霊神のお働きに始まる」と記されている。
天神社の神様 はその「産霊(むすび)」の神様で、ものごと成就・祈願達成・縁結び・合格祈願等に御神徳のあらたかな神様である。
と、そのホームページにはある。「高皇産霊神・神皇産霊神・津速産霊神」がこの神社にお鎮まりくださっている神様だったのだ。私は、40年も前の秋祭りの日からこの神社の神様は天神様だと思い込んでいた。迂闊なことである。そして…、昨日は間違えた神名を呼びお祈りをしたことになる。
これはもう一度この神社を訪れ、謝らせていただかねばならない。
コメント
翌年も天狗さんとしてスカウトされたというのは、いかにも適任だったのですね。
身長だけではなく、歩き方なども堂々としていらしたのでしょう。
良いアルバイトでしたね。
神社の読み方は、「てんじんじゃ」でしょうか?
源さんへ
たぶん、「てんじんじゃ」でいいのだと思いますが…というよりは、私は他の可能性を考えたことなく、そのように読んでいました。
>翌年も天狗さんとしてスカウトされた
この行列に参加したのは、大学の2年と3年の時だったのでした。
実は3年の時も「来年も…」とお誘いを受けていましたが、さすがに卒業論文の真っ最中であることが予想できましたので、この時は丁重にお断りさせていただきました。
勝手ながら訂正しておきますね(笑)。
誤:もう一度この神社を訪れ、謝らせていただかねばならない。
正:もう一度この神社を訪れ、天狗役をつとめねばならない。
たしかに三友亭さんなら天狗役にぴったりだと思いますよ。
それにしてもいい経験をしました。
天狗さんになるなんて、そうそう機会はないですからねえ。
歩いている最中も、結構注目を集めますしねええ…