万葉集の学び始め 4

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勉強しなければならぬ…と深く心に刻まれはしたものの、万葉集がどのような書物であるかと言った知識すら私はろくすっぽ持ち合わせていなかった。それなら、なんで万葉輪講会などに足を運び始めたのかということになるが、それは

東北の海辺の町で生まれた私がなぜ今大和の地で暮らしているのか、そんなことについてかなり以前に書いたことがあった…
を読んでいただけばと思う。とにかく大学に入った当初、私は本屋に行く度に「万葉」と背表紙にあるものはとにかく手に取って、懐中の許す限りのものはできる限り自分のものにすることにした。もちろん、懐の寒い学生が贖うことのできるものと言えば、文庫や新書の類いである。その時期に私が目を通したもの、を思い出しうる限り以下に示す。

万葉開眼()()万葉開眼 土橋寛 NHKブックス
万葉集の美と心 青木生子 講談社学術文庫
万葉集入門 人間と風土 久松潜一 講談社現代新書

以上の3冊は、万葉の時代の民俗や風俗、そしてこの時代に生きた人々の人生観・恋愛観、そして自然観や美意識といったところを一つ一つの歌を読むことを通じて教えてくれた。歴史学を志していた私はそれまではいわゆる政治の視点での「出来事」に関する浅薄な知識しか持ち合わせていなかったが、これらの書物を通じて、この時代を生きた人々の心情に迫ろうとする文学研究の営みに、「あっ、これもいいな。」と思うようになっていった。

万葉百歌 池田彌三郎 山本健吉 中公新書
万葉集の鑑賞及び其の批評 島木赤彦 講談社学術文庫
万葉秀歌()() 斎藤茂吉 岩波文庫

偶然かはたまた必然か、著者の名を見るといわゆる研究者ではなく、評論家や歌人といった創作の側にある人々の手によるものばかりである。評論家が創作の立場にあるのかと問われれば、「???」ではあるが、まあ、少なくとも学術研究の立場にある方々ではないとは言えるだろう。この3冊は、いわゆる鑑賞の書。万葉集中よりそれぞれの著者の琴線に触れた歌々について解説し、その読みどころを教えてくれた。

万葉の時代 北山茂夫 岩波新書
壬申の内乱 北山茂夫 岩波新書
天武朝 北山茂夫 中公新書
柿本人麻呂 北山茂夫 岩波新書

これらはいずれも歴史の書。確か手に取ったのは一番上の「万葉の時代」出会ったかと記憶するが、とにかく最初の一冊を手に取りこの北山茂夫という歴史学者に惹かれ、立て続けに読んだ記憶がある。

以上は、大学に入って間もない頃、勢いに任せて一気に読みあさったものばかりだったので、今になって思い返せば何が書いてあったのかはほとんど覚えていない。しかしながら今になってこうやってその著者名を見れば、我ながらよい選択をしていたものだなとは思う。まあ、現代のように入門の書があちらこちらから出版されていた時代でもないので選択の幅がなかったといえばそれまでのことだが・・・

以上は、思い出す限りという前提で挙げた書名だが、ほかにも思い出せない書がいくつかあったかと思う。例えば「令和」という元号の考案者ともいわれている中西進先生のご本も確かにいくつか読んだような記憶があるのだが、そのいちいちが一向に思い出せない。

この時期の読書は縦から見ても横から見ても、乱読という言葉でしか言い表すことができない質のもの。あの本にこう書いてあったとか、この本にこう書いてあったとか言えるように、整理して知識を身につけるなんて言うことは全く出来ていない。だから、ある意味では自分の考えとの区別もつかない。渾然一体となり、私の万葉集に関するわずかばかりの知識をきわめて曖昧な形で支える土台となっている。

そしてこの時期に手に入れた書物の中で、その後も何度も手に取っては読み返し、お世話になったのが以下の3冊である。

万葉集必携 稲岡耕二編 学燈社

おそらくは当時の研究の一線にあっただろう方々が、万葉集を学んで行くにあたっての基本的な事項について、広範かつ簡略に解説してくださっているとともに、それぞれの事項について当時の段階で今何が問題になっているかと言ったことについても述べられてあり、さらにはそんな問題に関しての読むべき文章を示してくれていた。後々の勉強に大いに参考になったことは言うまでもない。そして後年、続編である「万葉集必携Ⅱ」も同じ編者によって刊行され、これもまた私の学びに大いに役に立ったこと、言うまでもない。

そして秋、私はそろそろ、ある程度小難しい専門書や論文、注釈書などにも触れる機会を持ち始めた。その頃私が出会ったのが、

万葉集物語 伊藤博・橋本達雄共編 有斐閣ブックス

であった。この書では上の「万葉集必携」よりもより紙数をさいて万葉集についての様々な事項が、時代を追って解説されていた。そこから出版されたこの書はその道の方々にはあまり知られてはいないように思われる。しかしながら伊藤博・橋本達雄という編者をはじめとし、この書に稿をを寄せた方々の名前はそうそうたるもの。万葉集を学び始めた当時の私でも、その中には幾人も知った名前があった。試みに、いかにそのラインナップを示す。

青木生子 阿蘇瑞枝 井出至 伊藤博 稲岡耕二 犬養孝 井村哲夫 大久保正 大久間喜一郎 川口常孝 久米常民 阪下圭八 桜井満 佐佐木幸綱 曾倉岑 都倉義孝 中川幸廣 長山泰孝 野村忠夫 橋本達雄 原島礼二 樋口清之 身崎壽 村山出 森朝男 森淳司 渡瀬昌忠 渡辺護

途中でやめようと思って書き始めたのだが、書いているうちにこの人も漏らせない、あの人も漏らせないとなってしまって、全部を書いてしまった。いずれも、この書の中でまかされた事項については当時の第一線を走っておられた方ばかり。是だけ揃えば、「万葉集○○」なんていう何十巻にも及ぶ体系的な研究書のシリーズが出せそうなほどである。そんな方々が一般向けに万葉集に関して、今知り得ていること、そして今問題になっていることについてきわめてわかりやすく説明してくださっており、しかもそれがたった一冊にまとまっている全295頁(索引を除く)。私などは初学のものには必読の書のように思っている。そうでない方でも、これさえ読めば万葉集についてけっこう知ったかぶりをすることができるといっても過言ではないと思っている(大きく出たね 笑)。

さて…それでは真打ち登場である。

その書名は

萬葉古径 全3巻揃 (中公文庫) / 沢瀉久孝 【中古】

である。

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コメント

  1. 玉村の源さん より:

     まだアマゾンや楽天のない時代、本を買うといえば書店で、ということになりますよね。少し大きな本屋さんでなら、これらの本が普通に買えた、良い時代でしたね。
     『解釈と鑑賞』や『解釈と教材の研究』も売れていたのでしょうし、その後、なぜ廃刊になってしまったのか。文学離れということなのでしょうかね。

     仰るように、万葉集の場合、研究者だけでなく、評論家や歌人も本を出していますね。
    窪田空穂、佐佐木信綱、土屋文明などの諸氏は注釈書まで書いていますものね。実作者から見ても万葉集には大きな魅力があるのでしょうね。

     恥ずかしながら、『万葉集物語』は知りませんでした。まずいです。買わねば。(^_^;

  2. 三友亭主人 より:

    源さんへ

    この頃は古本屋さんのこともよく知りませんでしたからねえ、結構本を探すのは大変でした。
    でも、おっしゃるように大きな本屋さんでしたらこのような種の、あまり売れそうもないような本(笑)が買うことが出来ましたね。

    土屋文明の名は輪講会でも始終出てきていました。その次は窪田空穂かな?
    でも、佐佐木信綱氏評釈、窪田氏評釈・・・どっちも評釈でややこしかった記憶があります。

    「万葉集物語」は私がつけたリンクだととんでもない値段がついていて思わず売っちゃおうかなんて思いましたが(冗談冗談 笑)、他のところを見たらまあ妥当な値段だったので安心しました。今思えば、私の知識の中核はこの書によってつくられたような気がします。それにいろんな論文を詠んだりして肉付けをしていった・・・そんな気がします。